日本東洋医学サミット会議          【English version】

お問い合わせ

漢方の特徴

古代中国医学を起源とする伝統医学は、東アジアの国々、特に中国、韓国、日本で異なった形で発展し、独自の特徴を有している。それらは、中国では「中医学」、韓国では「韓医学」、日本では「漢方」とそれぞれ名付けられている。本稿では、我が国固有の伝統医学である「漢方」の特徴を述べる。

現代医学との統合

1)医療における漢方
漢方は、その時代の考え方の影響を受けて変貌し続けてきた。それは西洋医学との統合の歴史と言える。日本の医療体制が1895年の帝国議会の議決により西洋医学に統一されたことで、漢方は一旦滅びかけたが、第二次世界大戦後、西洋薬の副作用など西洋医学の弱点を補う形で復興、発展してきた。現在、多くの診療ガイドラインにおいて漢方薬が採用されており、8割を超える西洋医学の医師によって通常の診療の中で処方されている。漢方薬にも副作用はあるが、その副作用報告が西洋薬と同様に厚生労働省のホームページに毎年公開されていることは、医療安全の面で優れた点の一つである。

2)医学教育における漢方
西洋医学を踏まえた上での、伝統医学としての教育については日本東洋医学会により「入門漢方医学」他が2002年以降発刊されたことで、学習内容がより明確になった。同学会専門医制度委員会では精力的に漢方専門医の養成を行っているが、2021年の時点での専門医数は約2,000名であり、全医師数の0.7%となお少ない。
卒前教育については、2001年より医学コアカリキュラムに初めて「和漢薬を概説できる」の一項が入ってより、ほぼ全医学部において漢方医学の講義が開始されたが、内容は様々であった。このため、2020年に卒前教育のための統一テキストが日本漢方医学協議会(全国の医学部教育担当者より構成)により、作成出版された。

『傷寒論』と大塚敬節の著作

古代中国医学の古典である『傷寒論』は、急性熱性疾患に対する治療書であるが、我が国では同書の具体的な記述に啓発された学説が集積され、感染症だけでなく、種々の慢性疾患に対応してきた歴史がある。同書と『金匱要略』の方剤(古方)を重視する学派の一人である大塚敬節(1900-1989)は、現代西洋医学との統合を目的として、我が国の先達の学説をまとめた。その著作1-3)は現代の漢方医学教育と漢方診療に大きな影響を与えている。漢方における陰陽、虚実、気血水が傷寒論の記述を基準としているのは古方派の影響が大きい。また、五行論、臓腑論は漢代以降の処方(後世方)および鍼灸の理論として学習されている。

腹診の重視

江戸時代の古方派を代表する漢方医である吉益東洞(1702-1773)は、「万病一毒説」を提唱し、陰陽五行論を否定した。また、漢方処方を選択するための「腹診法」を開発した。 腹部各所の抵抗圧痛等の所見に応じて処方を検討する診断法である。腹診は脈診に比較して習得がより容易であり、技術継承の上で優れている。

処方内容の固定

我が国では、少ない生薬量で十分な臨床効果を発揮させる目的で、構成生薬の加減をせずに処方内容を固定して使う伝統があった。理由としては、中国から輸入した生薬が高価であったこと、日本の水質がよいために抽出効率が良かったこと、頻用方剤の予製ができたことなどが指摘されている。治療薬を生薬単位でなく処方単位で検討する伝統は、現在においても漢方製剤を運用する上で大いに役立っている。

鍼灸師の存在

我が国には、「はり師」、「きゅう師」という鍼灸を専門職業とする国家資格がある。中国や韓国にはない資格である。大抵両資格を同時に取得しているため、鍼灸師と一般には呼ばれている。現在約11万人の鍼灸師が臨床に従事している。一方、医師は30万人で、鍼灸は医師が行う医療行為としても認められているが、実際に鍼灸を行う医師は稀である。 したがって、鍼灸師が我が国の鍼灸治療を担っている。
日本鍼灸における独創的な発明として、杉山和一(1610-1694)による鍼管を用いた刺鍼法(管鍼法)がよく知られている。管鍼法により無痛で刺鍼できるため、現在では世界中で広く用いられている。また近年、皮膚に刺入しない接触鍼法が注目されており、小児だけでなく成人の慢性疾患にも用いられている。 無痛刺鍼や軽刺激は日本鍼灸の大きな特徴である。

中国伝統医学再興に対する貢献

我が国の漢方医が、中国伝統医学の古典の保存、発掘、研究に尽力してきたこと、また、近代科学の薫陶を受けた伝統医学文献を通じて、中国伝統医学の復興に貢献してきた事実はほとんど知られていない。我が国同様、中国においても伝統医学が抑圧された時代があった。清国では1822年、皇帝の体に鍼や灸をする行為は許されないとの勅令により、宮廷の太医院での鍼灸科は廃止され、鍼灸治療は民間でも禁止された。前述したように我が国では、1895年の帝国議会において、今後は漢方を日本の医療として認めない旨議決されたが、この流れで中国(中華民国)でも1929年に中医廃止令が批准されている。中国の伝統医学暗黒時代は、1937年に政府衛生省に中医委員会が設立されるまで続いた。
我が国では、遣隋使 (600-618) 以降中国古典を輸入してきたが、それらを積極的に保存し、また、それらの内容を解析することにより新しい事実を発見してきた。そうした積み重ねにより江戸時代末期には、我が国の伝統医学の研究レベルは隆盛をみていた。日本の貴重な文献は、明治時代以降、中国へ逆輸出されていった。2006年の調査によれば、中国に還流した中国医書は296種、中国に伝わった日本伝統医学書は751種とされ、中国に現存する日本旧蔵の古医籍は約4,000点、数万冊以上であると報告されているが、確かに膨大な量である4)。
また、近代科学の影響下に執筆された日本の伝統医学書が新中国における新たな伝統医学の発足に多大な影響を及ぼした。それは中国国内での日本医書の発行という形でも現れている。最も影響のあった明治後の日本医書としては、湯本求真(1876-1941) の『皇漢医学』があり、新中国以降も含めると計9回復刻されている。また、1949年以降の新中国においても、柳谷素霊(1906-1959)・代田文誌(1900-1974)・長浜善夫(1915-1961)・赤羽幸兵衛(1895-1983)・本間祥白(1904-1962)・間中喜雄(1911-1989)らの鍼灸書16種が新たに翻訳出版されている5)。

我が国における伝統医学の継承と普及

現在我が国における伝統医学の教育は、主に全国82医学部における漢方教育(約4割では鍼灸も同時に教育されている)と鍼灸の養成校(大学11校、専修学校90校)が中心となっている。また、卒後の教育と普及活動はJLOM加盟のフルメンバー12団体が中心となり担っている。今後、卒前教育のさらなる充実、伝統医学を学んだ医師、薬剤師、鍼灸師などの活躍の場をさらに広げて行くことがJLOMフルメンバーの使命である。

文献

1) 大塚敬節.症候による漢方治療の実際.南山堂.東京. (1963)
2) 大塚敬節,矢数道明,清水道太郎.漢方診療医典.南山堂.東京. (1969)
3) 大塚敬節.漢方診療三十年.創元社.大阪. (1959)
4) 真柳誠.現代中医鍼灸学の形成に与えた日本の貢献.全日鍼灸会誌.2006; 56(4): 605-615.
5) http://square.umin.ac.jp/mayanagi/paper01/MoChiAcu.html 2021年1月8日アクセス

ページのトップへ戻る